自分軸エピソード

「たちまち変われる魔法」なんてない。自分らしい生き方を諦めなかった私の3年半

「自分を変えたい」――その一心で、ぶんさんが『自分軸手帳』を手に取ったのはおよそ3年半前のこと。

しかし、同時に入部したユーザーコミュニティ『自分軸手帳部』では、入部時に抱いていたワクワクとは裏腹に劣等感にさいなまれ、幽霊部員状態が続いたといいます。それでも、離脱することを選ばず自己理解を積み重ねた今、「圧倒的に生きやすくなった」と明るく笑うぶんさん。これまでの3年半の道のりを聞きました。

《Profile》ぶんさん

30代、夫と小学生・未就学児の2人の息子との4人暮らし。
2023年に自分軸手帳・自分軸手帳部をスタート。幽霊部員や休部も経験。 自ら考え決断することに苦手意識があったが、自分軸手帳・手帳部をパートナーに自己理解を深め、2024年には自らの手でそれまでの職を離れることを選択。現在は専業主婦。
花や植物、ヨガ、Voicyで尾石晴さんの音声配信を聴くこと、ウォーキングが好き。

「こんなの、私が望んだ生き方じゃない!」自分を変えるために求めたものは……

あの頃は……いや、もっと前から何年も、ですね。「現状を変えたい」という思いを強く抱き続けていました。

当時は、フルタイムで小さな会社に勤務していました。職場では、「私がどうしたいか」ともちろん問われますよね。それまで「親の敷いたレールに乗って生きていけばラクだ」と思いながら、基本的に受け身の姿勢で生きてきた私が、初めて自分の頭で真剣に物事を考え始めた瞬間だったかもしれません。その結果、上司と自分の価値観や考え方の違いをまざまざと実感し始め、最初は関係がよかったはずなのに、徐々に噛み合わない部分が増えてきました。

結果的に、家庭ではそのイライラを息子にぶつけてしまって……仕事も、育児も、どんどん苦しさが増えるだけ。「私の望んでた生き方じゃない!この状況を変えたい!自分を変えたい!」と、もがいていました。

はい。現状を変えるには何から始めたらいいのかなんて、わかりませんでした。でも、どこかで耳にした「人間は、最も長く時間を共にする『周囲5人の平均』になる」という言葉を思い出したんです。

当時、『自分軸手帳部』はインスタグラムで仮入部(※1)をしていたんですよね。そこに参加してみたら「何かを変えようと頑張っている人たちがたくさんいるところなのかもしれない」って感じたんです。

(※1)仮入部
2022年に実施した施策。自分軸手帳部内でZOOMで開催される「もくもく会」と同様、インスタライブで、自分軸手帳のワーク(PDFで無料配布)にフォロワーさんたちと共に取り組みながら、部の活動や雰囲気をしってもらおうというもの。

「ここなら、出会ったことのない5人に囲まれて過ごしながら、自分を好きになれるかも」と、ワクワクしたのを覚えています。

「もらうものはとことん!」の精神で一人で向き合った自己理解。それは「パンドラの箱」を開ける作業だった

そうそう、しかも2年も(笑)!

いざ入部したら、「できる人たちがたくさんいる!」って圧倒されてしまって。今なら部員さんの人間らしさや葛藤がわかるけれど、チャットやブログでイキイキと積極的にコミュニケーションする様子を初めて目の当たりにしたとき、「ああ、場違いなところに来ちゃったかも……」って。

『自分軸』手帳のウィークリーページにある『習慣化リスト』に「手帳部」と掲げるも、マルがつかない毎日が続いていた

プラットフォームやイベントのZOOMにポチッと入る勇気すら出なくて、「この場に入りたい、でも入れない」という葛藤を抱き続けていましたね。

今でこそ部費は毎月支払いのサブスク型ですが、当時は年払いだったんです。グダグダ言っても、もうお金は払った後。さすがにもったいないので「交流せずとも、いただけるものだけいただこう」と考え、毎月の「手帳レッスン(※2)」と、「書籍実践サークル(※3)」には参加していました。

(※2)手帳レッスン
自分軸手帳部内で月に一度ランチタイムに開催されるオンライン講座。毎月のテーマに合わせ、ワークへの取り組み方やスケジュールページの活用のヒントなどを紹介する。

(※3)書籍実践サークル
自分軸手帳部員の希望者が申し込み参加するサークル(不定期開催)。設定された書籍の中に書かれた学びやワークを、手帳をツールにしながら数カ月にわたって自分の中に落とし込んでいく。過去には『7つの習慣』『DIE WITH ZERO』『アウトプット大全』などの書籍がテーマとなった。

印象的なのは『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』の書籍実践。自己理解がぐんと深まりましたね。

このとき自分を深掘りして辿り着いたのは、「仲間の長所を伸ばして、笑顔で楽しく働ける環境を自分が作りたい」という思いでした。

でも、自分の本心を把握できた分、仕事を見る目が良くも悪くも変わってしまって。「私はここに居続けられないな」ということにも気づいてしまったんです。

その通り!まさに、パンドラの箱でした(笑)。

当時の上司が、仲間を笑顔にするよりも、苦しめているように感じたんです。「そんな言い方をしたら従業員は笑顔になれないのに……」とかね。

もちろん、私にできることはないか?という視点で考え、提案や働きかけもしてみたけれど、いつも衝突して頓挫の繰り返し。上司は私を後継者として見てくれていましたから、「そのポストを私がここで引き継いで、現状を大きく変えるか?」ということまで検討しました。

でも、「いま全てを一人で引き継いだら、私は自分の家庭を崩してしまう」と思ったんです。量的にも時間的にもこなしきれないし、こなせるようになった頃には家庭が崩壊してしまう――だから、自分の気持ちと家族を守るために、仕事を手放しました。

職場との話し合いに時間がかかり、実際に退職したのは翌年(2024年)でしたが、2023年に書籍実践に取り組めたからこその決断でしたね。

自分を諦めずにいられたのは、あの日掲げた「やりたいこと」があったから

本当に、手帳部からいいものをたくさんもらいました。

それでも実は、2年目(2024年)はやめようか、と正直迷っていたんですよ。でも、『足し算のワーク』に書いた「自分軸メンバーとの交流」という一言が、どうしても心に引っかかり続けて……。

ぶんさんを『自分軸手帳部』に踏みとどまらせることになった足し算が、「自分軸手帳部メンバーとの交流」(65番)

新たな5人に囲まれて自分の平均点を上げたいと思っていたのに、何も変わらないままやめるんかい!って。今引き下がったら、そういう友人はきっと一生できないだろうな、と思ったんです。

2024年も手帳部を継続して、周囲とは何の交流もないまま、部員さんが数十人集まるオフ会に行ってみました。

失うものは何もないし、相手は同じ人間。なんとかなるかな、って(笑)。そうやって行ってみたら、それまでアイコンでしか知らなかった人たちが、私の中でちゃんと「人間」になった。ちょっとだけ打ち解けることができました。

とはいえ、いきなり「みんなと仲良し!大変革!!」というわけではなかったんですよ。2024年は先ほど話した退職などの大きな出来事も重なって、3ヶ月の休部を差し挟んだりもしましたし。

でも復帰後は、「この波に乗ってみよう」と、専用プラットフォームでライトに発信を始めました。徐々に部員さんとの交流も広がって、「ああ、この場所で失敗しても、誰も何も言わない。私にガッカリしない。安心できる場所なんだ」と、少しずつ実感できるようになりましたね。

仲間がいる圧倒的な違いは、応援してくれる人がいるという点ですね。自分一人では「私にはできない」と決めつけてしまうことも、「いいね!がんばって!」と応援してくれる人がいるのは、ものすごく大きいです。

「これがやりたい」とまず口にするのは自分の覚悟。それさえ持てれば、私は一人じゃないと思える環境にいられることは、本当に心強いです。

手帳の書き方に関しても、仲間に影響を受けています。手帳を片手に、既にたくさんの試行錯誤をしている人が溢れているから、自分が実現したいことや向き合いたいことがあったら、「こうやって書けばいいんだ」と真似したり、自分に合う形にアレンジしたりできますから。

確かに、私は誰とも交流しない幽霊部員時代にも変わることができたけれど、変化は今の方が圧倒的に大きい。遠くまで行けている実感があります。人に振り回されたり敷かれたレールを歩いたりするのではなく、「自分をコンロトロールできている」という感覚を手にすることができて、生きやすくなりました。

“やりたいこと”と“私のパターン”を知った今だからできる。「家族のコミュニティマネージャー」という生き方

自ら退職という選択をした後は、専業主婦というスタイルを選びました。でも、あえて肩書きをつけるなら「家族のコミュニティマネージャー」かな?

前にお話したように、私は「仲間の長所を伸ばして、笑顔で楽しく働ける環境を自分が作りたい」。仕事を辞めて以降、「これができる場所ってどこだろう?」ってずっと考えていたのですが……それってつまり、リーダーの立てた道筋に沿って、メンバーそれぞれが成長できるようにサポートする「コミュニティマネージャー」なのかも、って最近気づいたんです。しかもそれは、家族というコミュニティでもできるじゃないか!とも。

以前は人の機嫌を察して、当たり障りないようにするのが常でした。でも今は、タイミングを選びつつ「今日は何があったの?」「どうしてほしいかな?」と一歩踏み込んで、共感やアクションにつなげるようにしています。

さらに夫とは、「機嫌が悪い時や○○な状況の時は、どういう対応をしてほしいか」と、互いに言葉で確認し合うようにもしています。

どうしてそれができるようになったのかと言えば、手帳に自分の感情を書くようになったから。何が嫌いで、何が好きなのか、自分を客観視できるようになったんです。それまでは夫に何か言われても言葉にできなかったり、感情的になったりしていましたが、自己理解が進んだ今は言葉に落とし込めるんですよね。コミュニケーションが円滑になったことをひしひしと感じます。

あ、念のため言っておくと、こういう関係になれたのは私の変化だけではなく、新たな思いやコミュニケーションを受け止めながら、夫も変化を積み重ねてくれたから、というのは大前提です!

そうありたいので、私がニコニコしていられるよう、自分の機嫌をとることはものすごく意識しています。それができるようになったのもまた、自分軸手帳を書き始めてから、なのですが!

これも先ほどの「手帳に感情を書く」ということにつながるのですが、自分が何で落ち込んで、どんなところで頑張れるか、パターンが分かるようになってきたんですよね。そうなると、先手が打てる。

いい流れを作れるのがベストだけれど、「これは良くない流れだ」ということも察知できるから、自分の機嫌に暗雲が立ち込めてきたら「このままだとママはイライラしそうです。嫌なことを言いそうなので離れてください」と周囲に宣言したりもします(笑)。

本当ですか!?

そう言ってもらえる今、この手帳というツールを持った状態で違う場所で働いたら、私はどんなところまでいけるんだろう、という興味は湧きつつあります。いつかここから一歩出て、新たな場で「やりたい」に挑戦する日も来るのかな?なんてぼんやり思っていますね。

仲間は気づきの種を蒔いてくれる。それを線として描くのは自分自身。

「自分を変えたい人」「一緒に遠くに行く仲間が欲しい人」ですね。

「手帳を書いて自分軸を育てている」なんて聞いたら、巷では「意識高い系じゃん!」で終わってしまいそうですが、そういうテーマに素直に向き合い話し合える素敵な仲間がたくさんいますから。

本当に!

だからこそ、声を大にして言いたいのですが――手帳というツールも、自分を変えることも、魔法じゃない。このセミナーを受けたから、このコミュニティに入ったから、明日から人生が変わるかといったら、絶対変わらない。やっぱり多くの人にとっては、時間が必要だと思うんです。

だから、どうか諦めないでほしい。

ここには、気づきのきっかけや種をこぼしてくれる仲間がいます。「変わりたい」という気持ちがあるなら、その種という点を結び付けて、線を描けるタイミングがきっとやってくるはずだから。その時まで、私は仲間として応援したいし、一緒に走りたいって思っています。

<聞き手・執筆> 矢島 美穂